社内のシステムを1人で見てきた担当者から、退職の申し出がありました。最終出社日まで、残りは1〜2か月。「引き継ぎをお願いします」と伝えたものの、何を聞いておけばいいのかを決められる人が社内にいない。マニュアルを書いてもらえば足りるのか、それとも他にも何か要るのか、判断がつかない。そんな状況でこの記事を開いた方も多いと思います。
この記事では、最終出社日までに回収するものを「名義」「ログイン」「中身(どこで何が動いているか)」の3つに分けたチェックリストと、残りの期間で聞き取りを進める順番を説明します。あわせて、担当者がもう辞めてしまった場合に、何から取り戻せばよいかもお伝えします。
私たちアストラルコードは、作った人や担当者がいなくなったシステムを引き取って動かし続ける仕事をしています。この記事では、システムを引き取るときに確かめる項目を、社内で担当者が辞めるときにも使える形にまとめました。
担当者が辞めたあとに止まるのは「名義」と「ログイン」
先に結論を言うと、担当者が辞めたあとに仕事が止まる原因の多くは、技術の知識が足りないことではありません。契約が本人の名義のままになっていることと、管理画面に入るための情報を本人しか持っていないことです。
よくある3つの止まり方
担当者が辞めたあとに起きやすいのは、次の3つです。
- 契約更新のメールが届かない:ドメインやサーバー、クラウドの更新案内が、辞めた人の個人アドレスや、もう使っていないアドレスに届いている。気づいたときには期限が切れ、ホームページやメールが止まる。
- 管理画面に入れない:パスワードは分かっても、二段階認証(ログインのときにスマホへ届く確認コードなど)が本人のスマホに届くため、入れない。
- 障害のときに原因の場所が分からない:システムが止まったとき、どのサーバーで何が動いていて、どの業者に連絡すればよいかが分からない。

マニュアルより先に回収すべきものがある理由
引き継ぎというと、まず「作業マニュアルを書いてもらう」ことを考えがちです。もちろんマニュアルも大切ですが、優先順位は名義とログインのほうが上です。
理由は、取り戻すときの難しさが違うからです。作業の手順は、システムに入れさえすれば、あとから画面や設定を見て調べ直せます。一方で、契約の名義や二段階認証の端末は、本人がいなくなると、会社が「自分たちの契約です」と証明しないと取り戻せません。サービス会社によっては、契約者本人からの連絡でないと何も答えてもらえないこともあります。
ですから、残りの期間が短いほど、マニュアルよりも先に「名義」と「ログイン」を会社のものに切り替えることを優先してください。
最終出社日までに回収するチェックリスト
ここからは、具体的に何を回収するかです。よく挙げられる「構成図・パスワード・マニュアル・業者の連絡先」に加えて、見落としやすい「名義」と「二段階認証の端末」をはっきり項目に入れています。
名義:契約者と支払いのカードが個人になっていないか
まず、次のサービスごとに「誰の名義で契約しているか」と「何で支払っているか」を確かめます。
- ドメイン(example.co.jp などの名前)の登録先
- レンタルサーバー・クラウド(AWS、Google Cloud など)
- 業務で使っている SaaS(Google Workspace、Microsoft 365、会計や勤怠のサービスなど)
- 保守を頼んでいる業者との契約
よくあるのは、担当者が急ぎで契約したため、本人の個人アドレスで登録し、本人のクレジットカードで払っているケースです。この場合、退職後にカードが止められるとサービスも止まり、名義の変更には本人の協力が必要になります。本人がいるうちに、会社の名義・会社のアドレス・会社のカードへ切り替えてください。
ドメインやサーバーの契約先そのものが分からない場合の調べ方は、サーバーの管理会社がわからないときの調べ方で詳しく説明しています。
ログイン:管理者アカウント・二段階認証の端末・パスワードの保管場所
次に、ログインに必要なものを回収します。確かめるのは次の3点です。
- 管理者アカウントの一覧:サービスごとに、管理者の権限を持つアカウントが誰か。担当者1人だけが管理者になっていないか。
- 二段階認証の端末:確認コードがどこに届くか。本人の個人のスマホ、本人の電話番号、本人のスマホにだけ入っている認証アプリになっていないか。
- パスワードの保管場所:本人の頭の中やブラウザだけに保存されていないか。会社で共有できるパスワード管理の仕組みに移せるか。
特に注意したいのが二段階認証です。パスワードを紙に書いて渡してもらっても、確認コードが本人のスマホに届く設定のままだと、退職後は入れません。本人がいるうちに、会社の端末や共有の認証方法に切り替え、予備のコード(バックアップコード)も会社で保管してください。

中身:どこで何が動いているか
3つめは、システムの中身です。ここで言う中身は、細かい作業手順ではなく、「どこで何が動いているか」の地図です。
- 構成図:どのサーバーやサービスがつながって動いているか。手書きでも構いません。
- ソースコードの置き場所:自社で作った仕組みがあるなら、そのコードがどこにあるか(GitHub などのサービス、サーバーの中、本人のパソコンの中)。
- 定期的に動く処理:毎晩のバックアップ、毎月の集計、決まった時間に送るメールなど。止まっても、しばらく誰も気づかないものほど漏れやすい項目です。
- 業者と取引先の連絡先:保守を頼んでいる業者、サーバー会社の担当窓口、データをやり取りしている取引先。
- トラブルの履歴:過去に止まったことと、そのときにどう直したか。
- 人の手でやっている作業の一覧:入社した人のアカウント作成、辞めた人のアカウント停止、パソコンの手配と設定、社員からの「パソコンが動かない」などの問い合わせ対応、月末や年度末にだけやる作業、パソコンやソフトの更新(アップデート)など。
人の手でやっている作業は、手順書まで書いてもらう時間がなくても、「どんな作業があるか」の一覧だけは先に作ってください。手順はあとから調べ直せますが、作業があること自体を誰も知らないと、止まっても気づけません。担当者が辞めたあとに、入社した人のアカウントが作られない、辞めた人のアカウントが残り続ける、といった形で表に出てきます。
AI や Excel マクロで本人が作ったツールも一覧に入れる
見落としやすいのが、担当者が自分の判断で作った小さなツールです。Excel のマクロ、AI に書かせたスクリプト、ノーコードの自動化ツール(プログラムを書かずに、画面の操作だけで「メールが来たら表に書き込む」などの処理を組める道具)などは、契約書にも請求書にも出てこないため、本人しか存在を知らないことがあります。
「毎月この表を作るときに、何か自動で動かしているものはありますか」のように、業務の流れに沿って聞くと出てきやすくなります。見つかったものは、どのパソコン・どのアカウントで動いているかまで一覧に書いておいてください。
ここまでの3つを1枚の表にすると、次のようになります。

残りの期間で聞き取りを進める順番
チェックリストがあっても、最終出社日の直前にまとめて聞くと、切り替えの作業が間に合いません。残りが1か月ほどある場合は、次のように週ごとに分けて進めるのがおすすめです。

1週目:本人に一覧を書いてもらう
最初の週は、本人に一覧表を書いてもらいます。聞き取りで一から聞くより、ひな形を渡して埋めてもらうほうが早く、抜けも見つけやすくなります。

一覧ができたら、会社の経理の記録やクレジットカードの明細と見比べてください。明細にあるのに一覧にないサービスは、本人が書き忘れているか、もう使っていないのに払い続けているものです。
2週目以降:名義とログインを本人がいるうちに切り替える
次に、一覧で「個人名義」「本人だけが管理者」「確認コードが本人のスマホ」になっている項目を、1つずつ会社のものに切り替えます。
- 契約の連絡先を、会社の代表アドレスや部署の共有アドレスに変える
- 支払いを会社のカードや請求書払いに変える
- 会社側の人を管理者に追加してから、本人の権限を外す準備をする
- パスワードを会社の共有の保管場所へ移す
名義の変更は、サービス会社によって書類が要ったり、数日かかったりします。だから最終週ではなく、2週目から始めるのが大切です。
最後の週:後任と一緒に「実際にやってみる」
最後の週は、後任の人(社内にいなければ外部の人)と一緒に、実際に操作して確かめます。説明を聞くだけでなく、後任が自分の手でやってみるのがポイントです。
- 会社のアカウントで、各サービスにログインできるか
- 更新の案内が会社のアドレスに届く設定になっているか
- システムの再起動や、バックアップから元に戻す手順を一度やってみる
ここでつまずいた項目が、本当に引き継げていない項目です。本人がいるうちに見つかれば、その場で聞けます。
そして最終日には、辞める人の管理者の権限とアカウントを止め、本人と共有していたパスワードを変えてください。本人を疑うためではなく、誰がログインできるのかを会社がはっきり分かる状態にするためです。
あわせて、社員に「これからパソコンやアカウントで困ったら誰に聞けばよいか」(後任や外部の窓口)を知らせておきます。知らせないと、問い合わせが辞めた人のところに行ったまま止まります。
退職後に質問できる取り決めを書面で残す
どれだけ準備しても、辞めたあとに「これはどうなっていますか」と聞きたくなることは出てきます。そこで、退職後に質問できる取り決めを、本人の了承を得て書面に残しておくと安心です。

退職後の協力は、業務としての指示ではなく「お願い」になります。期間・連絡方法・謝礼を決めておくと、お互いに気持ちよくやり取りできます。
もう辞めてしまった場合の取り戻し方と、相談先
すでに担当者が辞めていて、名義もログインも分からない。その場合でも、取り戻す順番は同じです。名義→ログイン→中身の調査→保守の体制の順に進めます。

名義人として各社に問い合わせる
まず、契約の名義が会社になっているサービスは、会社として各社に問い合わせれば、ログイン情報の再発行や二段階認証の解除を頼めることが多いです。そのとき、登記の情報や支払いの記録など、会社が契約者だと示せる書類を用意しておくと話が早く進みます。
名義が辞めた人の個人になっている場合は、本人の協力が必要になることがほとんどです。連絡がつくなら、名義の変更に必要な手続きをお願いしてください。
中身が分からないときは「動いているもの」から調べる
どこで何が動いているか分からないときは、資料を探すより、今実際に動いているものから調べるほうが確実です。
- 請求書とカードの明細:毎月お金を払っている先が、使っているサービスの一覧になります。
- サーバーの中身:ログインできたサーバーで、動いている処理や定期的に実行される設定を確かめます。
- ソースコード:コードの置き場所が分かれば、何をしている仕組みなのかを読み解けます。
社内で抱えきれないときの相談先の選び方
社内に詳しい人がいない場合は、外部の力を借りることになります。相談先は大きく3つあり、向いている状況が違います。

採用は、合う人が見つかるまで時間がかかります。情報システムの外部委託は、パソコンやアカウントの管理が中心で、自社で作った仕組みの中身は対象外のことがあります。中身が分からないシステムを動かし続けたいなら、引き継いで保守する会社が向いています。
どの相談先を選ぶ場合も、調べた結果を報告書で渡してくれるかと、名義やログインを自社に戻す方針かを確かめてください。新しい業者が自分の名義で契約し直すと、同じことがくり返されます。
次に同じことを起こさないために
取り戻せたら、同じことがくり返されないようにしておきます。やることは2つです。
- 管理者を2人以上にする:どのサービスも、管理者の権限を持つ人を最低2人にします。1人が辞めても、もう1人が入れます。
- 名義とログインの一覧を年1回見直す:1週目に作った一覧表を残しておき、年に1回、名義・支払い・管理者・二段階認証の届け先が今も会社のものになっているかを確かめます。
よくある質問
退職を申し出た担当者に、引き継ぎを強く求めてよいですか
在籍している間の引き継ぎは、業務として指示できます。ただし、有給休暇の消化などで実際に働ける日が少ないこともあるため、早めに一覧づくりから始めてください。退職したあとの協力は「お願い」になるので、取り決めを書面に残しておくのがおすすめです。
パスワードを紙やメールで受け取ってよいですか
メールに書いて送ってもらうと、受信箱に残り続け、誰かに見られる危険があります。会社で共有できるパスワード管理の仕組みに直接入れてもらい、受け取ったあとは後任がパスワードを変えるのが安全です。
引き継ぎの期間はどのくらい見ればよいですか
この記事の例では4週間に分けていますが、名義の変更に日数がかかるサービスがあるため、最低でも2週間は見ておきたいところです。期間が短い場合は、名義とログインの切り替えを最優先にしてください。
まとめ
- 担当者が辞めたあとに止まる原因の多くは、技術ではなく「名義」と「ログイン」。マニュアルより先に回収する
- チェックリストは3つに分ける。名義(契約者と支払いのカード)、ログイン(管理者アカウント・二段階認証の端末・パスワードの保管場所)、中身(構成図・コードの置き場所・定期的に動く処理・業者の連絡先・トラブル履歴・人の手でやっている作業)
- 本人が作った Excel マクロや AI のツールも一覧に入れる
- 残りの期間は、一覧づくり→名義とログインの切り替え→後任と一緒にやってみる、の順で進め、退職後に質問できる取り決めを書面に残す
- もう辞めてしまった場合は、名義→ログイン→中身の調査→保守の体制の順で取り戻し、管理者を2人以上にして一覧を年1回見直す
まずは今日、本人に一覧表のひな形を渡すところから始めてください。それだけで、何が抜けているかが見えてきます。
担当者が辞める前でも、辞めたあとでも点検します
「一覧を作ってもらったが、これで足りているか判断できない」「担当者がもう辞めていて、名義もログインも分からない」「どこで何が動いているのか、誰も説明できない」。そんなときは、ご相談ください。
アストラルコードでは、点検(15万円(税別)・2週間・報告書つき)をご用意しています。ドメイン・サーバー・クラウド・業務で使っているサービスについて、契約の名義・ログイン情報の所在・どこで何が動いているかを調べ、どこに危険があり、何から手を付ければよいかを報告書にしてお渡しします。点検の結果をもとに、引き継ぎや保守をご依頼いただくかどうかは、そのあとで決めていただけます。
担当者が辞める前の「抜けがないかの確認」からでも、お気軽にお問い合わせください。



